小さい声で話す
昔から雑談が苦手で、適切な相槌を打ったり、程よい嘘をついたりする加減がわからない。みんな暗黙のルールに則って場を進めているみたいだと思う。わたしだけそのルールをわかってなくていつも焦っている、ような気持ちでいる。雑談の終わり時もわからないし、どこまで自分の話をすべきでどこまで自分の話をすべきでないかもわからない。
新しい職場ではほとんど雑談が起こらなくて、出社してから誰とも話さずに退勤を迎える日すらある。雑談も、もちろん飲み会も苦手なわたしには最高の環境だと思った。
でも、新しい仕事を始めたら一緒に暮らしている人と生活リズムが合わなくなった。いつのまにか誰とも話をしないことが当たり前になってしまった。週に一度定例ミーティングで、自分の報告の前に1,2分近況を話す時間があって、それを心待ちにするようになった。数日前から話したいことをメモしたりして。
わたしは寂しいんだということに気がついた。今日自分が何を発見し何に感動したか、どんなことを考えたかを誰にも話さないまま毎日が過ぎていって、それがすごく寂しい。だんだん自分が何を考えていて、何に感動するのかがわからなくなってくる。
ここ数ヶ月、哲学対話の研修に参加している。プライベートで月に2回くらい集まってワークショップを受けたり、哲学対話を実践したりしている。
哲学対話は雑談とは違ってルールが設けられている。発言する人はぬいぐるみを持って話す。その間他の参加者は遮らずに話を聞く。テーマとなる問いについて何を話しても良いけれど、ディベートやアドバイスの場ではない。否定せず人の話を聞くことを大切にする。波風たてずに場を進めるための目に見えないルール、みたいなものは存在しなくて、みんな迷ったり考えたりしながらぎこちなく話していくことを許されていて、そこが良いなと思う。
「なぜ対話したいと思うのか?」という問いについて話しているとき、同じグループに小学校教師を引退した女性がいた。元気がよく我が道を行くタイプ、という印象の人だった。
たしか、学生の頃は「ノリ」についていけなくて雑談が苦手だった、でも本当は他人と話したい気持ちがあるんだよね、という話題だった。4人ずつのグループに分かれて輪になって話していたけれど、同じ部屋に他にも5つくらいのグループがそれぞれ話していたからうるさくて、4人ともちょっとずつ輪を狭めて頭を寄せ合って話をしていた。
元教師の女性が、「わたしもいわゆる女子グループには全然馴染めなくって、こんなタイプだから」と話しながらどんどん声が小さくなっていった。わたしたちはまた更に頭を寄せあった。みんな迷いながら言葉を選びながら話すから、トーンもゆっくりになっていって、最後に元教師の女性はものすごく小さな声でゆっくりと「本当は人が苦手なんです」と言った。
いまこの人は本当のことを話してくれたんだと思った。じわじわと嬉しかった。
人は本当のことを話そうとするとき、とても小さい声でゆっくり話すのかもしれない。突然ぎこちなく差し出される本当のことを、それがいつ起きてもちゃんと受け取れるようにいたいと思う。
本当のことを話したいけどずっと怖い。自分にとっての本当のことは、別に大したものじゃないはずだけど、あって、別に今これだってものがあるわけじゃないけどやっぱりある。
怖さを分解すると、「そう感じるべきじゃない」と否定されるのが怖いとか、誰かを傷つけることかもしれないとか、よくあることと受け流されるのが怖いとか、そういう気持ちの集まりかもしれない。
この怖さたちを抱えるようになったのは、二十歳の時に、父の不倫相手が当時書いていたわたしのブログを読んでいるから全部消してほしいと母から言われたことががきっかけだと思う(わたしはそう思っている、そのせいだと思おうとしている節もあるかもしれないけど)。
当時は心の柔らかい部分を無防備に書いていたから、そんなふうに読む人がいるなんて思いもしなくて衝撃的だった。それ以来自分の名前と紐づく形で何か書くことはできなくなった。家族とも距離をとった。父は15歳年下の女性と不倫していたらしく、父とよりわたしとの方が歳が近いことが気持ち悪かった。結局父を許すことにした母からは、妹に絶対バレないように、仲の良い家族としてふるまい続けてほしいと言われた。妹に知られないためにますます何も言えなくなった。
でもそんなのはもう12年も昔のことで、昔のことなのにどこかにこびりついたままここまで来てしまったなと思う。もうこんなものはいい加減脱ぎ捨てたい。怖がるのをやめたい。
だから小さい声でここで話すね。
頭にピアス直刺しして堂々と
5月22日
病院で初めてねこが先生の顔を見ていた。
今までは診察台に上げられても、誰とも目を合わせずひたすら固まっていた。でも今日は先生の顔をじっと見て、診察台からも逃げようとしていた。逃げようとするのをブロックした結果、わたしのお腹に顔を押し付けた状態で注射を打たれていた。
先生の顔を見たのは、病院に少し慣れてきたからかもしれない。
ねこがわたしの部屋に来た当初も、わたしと目を合わせず固まっていた。近づくと威嚇される時くらいしか感情がわからなかった。わたしが部屋にいる間は常に警戒していたし、くつろいでいる姿すら見せてくれなかった。
保護して二ヶ月が経った朝に、初めてねこの感情が見えた時のことをすごく覚えてる。
朝起きてカーテンを開けたら、ねこがベッドから立ち上がって窓の縁に手をかけた。
いつもならわたしが動いたり音を立てたりしたら警戒しっぱなしなのに、それを忘れて、一生懸命窓の外を見ようとしていた。
あ、この子は窓の外が見たかったんだ、カーテンが閉じている夜中ずっと本当は窓の外が見たかったんだとその時初めて気が付いた。
そういう感情がこの子にあるんだって知って感動したのを覚えてる。
恐怖や怯えじゃない、これが好きとかこうしたいって気持ちを持っているんだってことを知って、無性に嬉しかったな。
5月23日
ねこの注射の最終日。
帰り際、おじいちゃん先生に「あなた最初に、どんな病気を持っていても育てますって言ったでしょう」と話しかけられた。何か怒られるのかと構えたら、「実際、今けっこう大変ですよね。でもきっとあなたには良いことがあるよって妻といつも話してるんですよ」と言われた。泣きそうになった。
今月は膵炎の治療だけじゃなく、上旬に受けた血液検査と膵炎のための検査にも4万弱かかっている。就職したはずなのにマイナスになった。
ねことの距離が縮まる前に何度も病院に連れて行ったから、ねこはいまだにわたしのことを怖がっていて部屋に入るたびどこかに隠れてしまう。
でも見てくれている人がいたんだ。きっと良いことがあるよなんて言葉をくれる人がいるんだ。本当に嬉しかった。帰り道に泣いた。
5月24日
彼と話し合いをした。
これからも対話していきたいと思ってると言われて、いや今までのは対話じゃなかった、対話というのはお互いに自分が変化することを受け入れられる状態で行うものであって、あなたは変わりたくないという意思表示をしていた、今までのように変化しないあなたから合格をもらうためにわたしががんばるのはもう無理と伝えた。なんか良いかんじにまとめようとすんなよと思った。ものすごく低い声で早口で詰めてしまった。
確かに今まではのは対話じゃなかった、自分だけで考えた結果を伝える場になってたと思う、でもこれからは一緒に考えて決めていきたいと言われた。
いったん諦めたからまた希望を持つのが怖い。話し合ってもどうせ別れるなら意味無いって声もする。本当は彼が望んでいるのは友達に戻ることなんだと思う。でもわたしが友達に戻るのは無理で別れるなら他人になるって主張してるから、完全に手放すほどの気持ちに切り替えられなくて踏みとどまっているだけな気がする。
対話をしていきたいと思ってる、という気持ちだけ受け取って今日はおしまいにした。
もう一度柔らかい心に戻れるのか、もしくは別れても他人じゃなくて友達でいられるかを考えるのか、他人になる決意をするのか。どうしたいかわからない。
5月27日
Kちゃんと彼と「サブスタンス」の感想会。
Kちゃんはとある映画レビュアーの「この映画の主人公は自らルックスで闘うことを選んだ人間であり、そもそもルックスで不当な扱いを受けた人間の苦しみの方が辛いと思う、美しさや若さに囚われて苦しむ物語の主人公にはふさわしくなかったのでは」みたいな感想にもやもやしていたらしく、3人でひとしきりその感想について話し合って楽しかった。
その映画レビュアーの感想を聞いて、全然そんなことないでしょと思った。美しい人間の苦しみと美しくない自分の苦しみは違う、と切り離してしまうのは違う気がするし、美しい誰かと美しくない自分を比べてしまうこと自体が同じ構造に囚われているってことだと思う。
主人公とわたしたちは同じルッキズムの渦のなかにいるんだと思う。
わたし自身も人の生まれ持った外見で評価を変えたくないと思いつつ、「より良い自分」であるスーが生まれた時にやっぱり美しすぎるなと思ってしまったし、元のエリザベスに対しても50歳にしては美しいけどスーには勝てないなとか思ってしまった。
そういう気持ちって自分にもやっぱりあるんだよなと思いながら観た。
でもこの映画に第3章があってよかった。完全に醜い姿でもわたしはわたし、ずっとわたしだったと受け入れて舞台に立つ姿が切ないけど心強かった。第3章があることでバッドエンドの映画じゃなくなったと思う。
美しくない自分の方が苦しい、なんて自虐で予防線を張らなくても大丈夫だから、勝手にジャッジしてくる人たちがいても頭にピアス直刺しして堂々と一緒に立ち向かおうよ。
5月28日
半日かけて県内をぐるっと回ったあと会社に戻って企画書を書いた。ハードな1日だった。
この会社で働くことをどんどん受け入れている自分がいて、これで本当に良いのか?と思っちゃう。
明け方うとうとしている状態で、忘れたけどなんか仕事のことを考えていて、こうやってこのままなんか違うなと思う仕事に染まっていくのかなとか思う。
それでもいいじゃん、会社は大事にしてくれるしそんなにハードな仕事じゃないし、という声もするし、本当にこの人生でいいの?って声も遠くでする。
わからない。
でも本当はここにいる自分は違うって遠くから聞こえる声を忘れたくない。忘れたくないから書いておく。
5月29日
部長が昔の映像を見ながら「こいつは辞めやがったんだよな」と言うのを聞いてうすら寒い気持ちになった。
そのうちわたしも言われるんだろうな。
常に頭の片隅で辞める時の言い訳を考えている。それならしょうがないかって表面上だけでも言ってもらえるような言い訳をしたい。どうせ言い訳するなら。
5月の給与明細が送られてきたが金額が少なすぎて激萎え。
よくよく確認したら、固定残業代が出ると思っていたけど普通に残業した分だけ出るらしい。
その他まだ出ない手当やらボーナス制度やらで、前職より月の手取りが10万くらい少ない。
かつ入社したてで働いた日数が少ないのでとんでもない金額になっていた。
こんなのねこの治療費ですべて吹っ飛びます。
来週髪切ってストレートあててカラーもしちゃおとか思っていたけどそんなことを楽しんでいる場合ではない。
ねこが少しでも現状を維持して穏やかに暮らせますように。
わたしたちよかったら仲良くしませんか
5月14日
夜、Nさんが家に来て「仕事を辞めてもらいます」と言ってきた。
先週出会った人が人を探していて、わたしのことを紹介してくれたらしい。
月末にその人が運営しているスペースを見に、一緒に京都に行くことになった。
わたしが作ったクッキーを食べてもらって、3人で昨日のカレーの残りも食べた。
人に紹介してくれたことは嬉しいけど、そこで働きたいかどうかはよくわからない。
前回仕事を紹介してもらった時は「まだ風に吹かれていたい」という理由で断ってしまった。
あの理由聞いて衝撃を受けましたと今日言われた。
でも本当に風に吹かれていたいよと思ったし、実際1年無職だったな。
Nさんがわたしのことを紹介するときに「生まれた遊びを数えることができる人です」と紹介してくれたらしい。
たしかにわたしは遊びを数えることができる。でも言葉にしたことが無かった。なべたんさん言語化してくれてありがとう。
5月15日
お昼前に、好きなパン屋のサンドイッチを買ってありますと連絡が来ていることに気付いて、すぐにこっそり返信。
急いで家に返ってサンドイッチを食べた。サンドイッチというより、大きい角煮が挟まったバーガーみたいなパン。昔から好きなパン屋さんのサンドイッチだけど、最近営業日が減って買いに行けていなかったので嬉しい。
帰ってきてから日記を書きたいけどついゲームしてしまってダメだな。
やりたいことがたくさんあるはずなのに、ゲームしながらラジオを聴きながらたばこを吸って頭の中をぐちゃぐちゃにしないとやってられない。
職場でメンタルヘルスについての動画を見ていて、好きなことをやりたいのにできなくなっている状態は要注意と聞いて泣きそうになった。
悩んでいるときには打ち明けるのも大切、誰にも言えなかったら、友人がその悩みを抱えている時にどんな言葉をかけるか考えましょうと講師が言っていた。わたしがやっていた「自分に返信を書く」は間違ってなかったんだと思った。
彼とは生活リズムが合わないし休みも合わないから、しばらくまともに話もしていない。このままなんとなく終わっていくのかなと思う。それが嫌なのかどうかよくわからない。嫌かもしれない。でも関係を修復しようとすると余計傷つきそうだとも思う。お互いにとってあまり良くない気がする。こういう場合はどうしたらいいんだろう。
たとえば紹介された仕事を受けてこの土地を離れて全然知らない場所に飛び込んでいったら、何か変わるのかな。
でも正直紹介された仕事はまだ全然ピンと来ていない。これがやりたいことなのかわからない。
今の職場は評価基準がわかりやすいのが良いなと思う。評価されるって今まで無かったことだから。今まではあなたがやりたいことなんでしょ?がんばれないのはおかしいでしょって言われているようでずっと苦しかった。
やっぱりわたしは自分のやりたいことが、自分の居心地良い状態がわかっていないのかもしれないな。
5月16日
職場チームのリーダーと少し話したら共通の知り合いが山ほどいることがわかった。
ずっと近くにいたけどニアミスしていたらしい。
職場で半年の目標を立てる面談を受けた。
入ったばかりだから簡単な目標だけ。でもこれからは武器を作ってほしいと言われた。
前職の経歴を活かしてコンテンツを作ってほしいらしいけど、一番やりたくないタイプの仕事で嫌だなと思っている。ただ人集めのためのコンテンツのアンチとして仕事をしてきたから、まさにそのアンチの立場に立たされた気分。
でも逆に言えばアンチの立場を是正できるチャンスでもあるのか?
彼は今の状況をどう思っているんだろう。
普段全く生活リズムが合わなくて話せないのに、今日は一緒に家にいてもパソコンに向き合ってばかりで話しかけたりしに来ない。
単純に作業が楽しくてそうしているのか避けられているのかわからない。
わたし自身も彼と話したいのかどうかわからない。
お互いの勘違いだったね、子どももいらないねってなって元通りになれるならそれが一番良い。でも彼は子どもが欲しい気持ちは変わらないだろうし、わたしもずっと今の職場で働くイメージは持てない。
自分がどうしたいか全然わからない。
5月17日
こんにちは。
今朝ねこを病院に連れて行きました。2ヶ月前に貧血がひどく増血剤を打ってもらったので、経過観察のためです。
病院で体重をはかったら400gも減ってしまっていました。3kgもないねこにとってはかなりの体重減です。
血液検査をしてもらって、腎臓病が進行していることがわかりました。ステージ3です。毎日の投薬と腎臓病のねこのためのフードに切り替えることになりました。
帰ってきてからもずっと不安で仕方ありません。
かつ、ただいまと声をかけても振り返りもせずPCの前で趣味の作業をしている彼にイライラします。
帰ってきて30分ほどしてからようやく改めてただいまと声をかけ、病院での結果を伝えました。その場では共感してくれたしわたし自身のことも心配してくれたけど、その直後に友達と通話を始めて楽しそうにしていました。
ますますイライラしました。どうして楽しそうにできるの?と思ってしまって。
彼は今もずっと何か作業をしていて、絶対に話しかけてきません。何をしているかもわかりません。
どうしてそういう態度なのか聞いてみたいと思うけど、わたしも別に話しかけに行ったりしていないので、そもそも彼だけが悪者というわけではないとは思います。
いまわたしがイライラしているのは、わたしが一人だからです。ねこのことも、彼との関係のことも、話せる人が誰もいません。この10年、この土地で友達を作ろうとしてこなかったし、東京の友達とも距離が遠くなってしまいました。でもわたしが今孤独なのは彼の責任ではなく、わたしの責任です。
それに彼や他の友人に今の気持ちを共有しても、相手を困らせてしまうと思います。相手は同じ気持ちにはなれないし、ネガティブな気持ちを共有されることは嬉しいことではないから。
彼と何を話したいのかもわかりません。本当は彼が話したいと思ってくれたら嬉しいかも。わたしが話したいと思っても、別れた方が良いと思っている彼に何を伝えたらいいかわからないし、別れずに一緒にいる方法はないか、わたしが考えてわたしが努力することに疲れました。疲れるしみじめな気持ちになるし、もうこれ以上自分を削りたくありません。
彼は他人で思い通りにはできないから、わたしはわたしでこの孤独と向き合う方法を考えなくてはいけない。でもどうしたらいいかわかりません。
不安と孤独が合わさってでっかい穴になって身体のまんなかに空いていてそのなかに吸い込まれそう。
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しんどいなかお手紙を書いてくれてありがとう。
これまでねこのお世話をがんばってきたのに、病気が進行していることがわかったら悲しいね。
その状態でいる時に彼が自分に興味がなさそうな態度を取っていたらますます悲しいよね。
本当につらい時、誰かを頼ることは悪いことではないと思います。ずっと一人で抱え込んでしまうのはしんどいし、これまで友達がつらい時に頼ってくれて、嫌だったことあった?
わたしは大切な友達が傷ついていたり悲しんでいたら、全く同じ気持ちにはなれないかもしれないけど、あなたのことが大切で心配で、傷ついてほしくない、傷つけた人や物事に対して怒るし、寄り添っているよ味方でいるよって伝えてきました。
あなたは自分が自分のことを孤独にするようにアドバイスしているかんじがするね。孤独になったのは自分のせいだから自分で責任を取らなきゃとか、ネガティブな感情を共有されても嬉しくないはずとか。
自分と仲良くなれるといいね。そんなに難しいことじゃないように思えるけど、でも難しいよね。
でもわたしたちよかったら仲良くしてみませんか。
彼に「あなたと話したい」と思って欲しいと思っていることに気付いたんだね。自分の欲を過不足なく捉えるって難しいことだから、そう思っていることを把握できたのはすごいことだと思うよ。
確かに彼は他人だから思い通りに動かせるわけじゃないけど、もし彼があなたと話したいと思ったとしたら、彼と何を話したいですか?
それがわかったら、あなたから話しかけに行ったり、建設的に話すことができるかもしれないよ。
お返事お待ちしています。
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お返事ありがとう。
つらさに寄り添ってもらうと少し落ち着くね。どうもありがとう。確かにわたしも友達がしんどい時に嫌だなんて思ったことないし、何ができるかわからなくて迷うことはあるけど寄り添ってあげたいと思うよ。
まず自分が自分にとってそういう存在であれたらいいんだろうな。わたしのなかのわたしってすごく意地悪で、みんなに笑われるよとかみっともないよって言ってくるんです。どうしてそんなこと言うんだろう。かわいそう。かわいそうっていうのは、みんなに笑われるよとかみっともないよって言うのは、その人自身がそれを恐れているからだと思う。そんな考え方に至る出来事がきっとあって、それがかわいそう。きっと怖かったんだろうな。
もし彼がわたしと話したいと思ったら、何を話したいかな。ここ10日間くらい、今までとは距離感が違ったけど、どう感じてた?って聞きたい。これで良いと思っているのか、わたしが拒んでいるように感じていたのか、本当はこうしたいという気持ちがあるのかとか、聞きたい。
あとはわたしがどう感じていたかについて伝えたい。本当はまだよくわからないけど。
関係を修復しようとしたり一緒にいようと努力するのがわたしばかりだと感じていて、それがとてもみじめだったからやめたこと。一緒にいたいという気持ちが消えたわけではないけど遠くに置いて自分で蓋をしたように感じていること。一人でも大丈夫になれるように他人との接し方自体を変えたこと。今のお互いの気持ちを擦り合わせることができたとしても、その先に子どもを持つ持たないの話が立ち塞がっていて、結局離れることになるんじゃないかと思っていること。子どものことについてはまだ全然話し合えていないけど、一緒にいる可能性もあると思いながらその話をしようとすることに疲れてしまったこと。こういう話し合いしようを持ちかけると嫌な顔をされるから話しづらいと思っていること。話し合いをしようとするとますます嫌われるというか、好きじゃなくなる方向に気持ちが動くんだろうなと思ってしまうこと。
ここまで書いてみて思ったのは、前回話し合いをしようとした時に彼が嫌な顔をしたから、わたしから話しかけたくないという気持ちがあるのかも。たしかに前回はタイミングも悪かった。彼が1週間の帰省に行こうとしていた直前だったから。今その話するの?とか、こういう話し合いをして気持ちを言葉にするとますます別れる方向に決まっていっちゃうかんじがするから楽しく過ごすようにしていたのに、と言われて、彼はこういう話し合いはしたくないと思っているんだなとすごく感じたんだよね。
わたしも悪いところがあったと思う。自分がとにかく不安を感じていて、すこしでも前に進めたくてタイミングを考えずに話を振ってしまった。自分の不安の責任を彼に押し付けていたと思う。
でも話し合いをするのが嫌だと言われてしまったらどうしたらいいかわからない。なんとなくもういいやと思っている今の状態を続けても何にもならないと思う。そういうことについて彼がどう思っているのか聞きたいけど聞けない。彼は常に楽しい状態でいたいみたいで、友達と通話したり仕事に打ち込んだりして楽しそう。それを見ているとやっぱりイライラする。
このままだとわたしたちは本当に思っていることを話し合えないまま離れていくのかな。それは嫌だな。
もう嫌われる覚悟で話に行くしかないのかな。結局別れることになるなら意味ないとかも思うけど、そんな極論じゃなくて、今何考えてる?って聞きにいくだけならいいかな。
5月18日
子どものころ家出の妄想ばかりしていた。
夜寝る前に、布団のなかで、家出をする時に持って行くものリストを考えていた。何を持って行こうと思っていたか忘れちゃったな。当時はものすごく大切なものだったのに。でも当時も、いつか大きくなったら今持っていきたいもののことは忘れるんだろうなと考えたことは覚えてる。
当時筒井康隆の「愛のひだりがわ」という児童文学が好きで、冒頭の主人公が家出のための荷造りをするシーンが好きだったから、その影響だと思う。軽いタオルはリュックの下に詰めて本や教科書は上に詰めると軽く感じるとか、新しい靴を買ってから旅立つとか、具体的なリストと手順を読むのが好きだった。
家出をした後、いなくなって初めてわたしの大切さにみんなが気が付く、という妄想もした。いなくなることで自分に価値があったことを証明したかった。
ブラジャーのホックが外れるような気配がしたなと思ったら、袖の下で腕時計のラバーバンドが千切れていた。上司の説明を聞きながらそっと様子を伺うと、針も止まっていた。カシオの黒い腕時計がいつのまにか事切れてしまっていた。時計はもう死んでるのにただ静かに手首に張り付いていた。
一時期毎日身につけていたものってなかなか捨てる気になれない。かといって使い道もない。ものを弔う良いやり方があればいいのに。
5月19日
友達から午前2時に「もう死にそう」という連絡が入っていたことに気付き、仕事終わったら電話するから死ぬなと返信。
帰ってから電話したら、新婚2ヶ月のはずなのにとんでもないことになっていた。すごく優しい子だから舐められることが多くて、そのたび「住んでる世界の作画が違う」と思う。それにしたって酷い話が次々出てくるので放心。
流れでわたしも今抱えている気持ちについて初めて友達に話した。ずっと彼と3人で付き合ってきた友達だから迷ったけど、本当に考えていることを伝えられてよかった。
途中で彼女の電波状況が悪くなり、電話が切れたタイミングで動物病院から着信。土曜日に検査した内容から、ねこの膵臓の炎症がわかったので今すぐ来てくださいとのこと。
彼女に謝って急いでねこを捕まえて病院へ。今日から5日間毎日、膵炎の注射を打たないといけない。1本11,500円。果てしない気分。
自分に返信する
5月8日
昨日の夜、帰省から戻ってきた彼とすこし話した。出かける前にひどいこと言ってごめんねと言われた。でもわたしはもう切り替えモードに入った気がすると伝えた。もうこの人のことを好きだとかこれからも一緒にいたいという方向の気持ちには蓋をしたかんじ。そういう気持ちが遠のいたかんじ。
それに気持ちが戻ったとしてもどうせ子どもを持つかどうかの壁にぶち当たると思う。
ちょっと違うけどまあいいかを積み重ねたら毎日何が楽しくて生きてるかわからなくなった。
子どもを持ちたいけどしょうがないかって諦めるのもそういう気持ちになる部分があると思う。かといって、ちょっと違うけど子ども産むかって産むことはしたくないし、そんなことをしたらいよいよ「わたし」は崩れて無くなってしまうと思う。
あととなりの雑談ラジオを聴いていて感じたことも話した。ちょうど直前に聴いていた内容がそのまま彼のことだったから聴いてみて、と言って二人で聞いた。
やらなくてもいい気遣いで勝手にやっていて、誰にも感謝されなかったけど、ある時それを辞めた、やってほしいならお願いしてもらっていいですか?やったら感謝してもらっていいですか?って言ったんだよねという話。あなたもそうした方がいいよと伝えたら、確かにこれは俺のことだ…と納得していた。
Notionカレンダーが言うこと聞かなくてずっとイライラしてる。接続したカレンダーの非表示ができず、非表示にしても2秒でまた表示されてしまう。カレンダーのゾンビみたい。
5月9日
いままで甘えていたんだなと思う。なんか不安で〜って言ったら、誰かが解決策を提示してくれないかな、救ってくれないかなってうっすら思っていた気がする。
全員初めましての職場に入ってみんなテキパキ仕事していて、仲良くなりたかったらなれるけど仲良くなろう!ってほどでもないテンションで、ようやく適切な質問をするということを覚えた気がする。
今日、もしアイデアがあったら教えてくださいと言われていたことを調べておいたのに、今から送っても会議に間に合わないかも、どうしようと焦ることがあった。
けど「もしかして間に合わないかも」はわたしの妄想だなと判断したから、直接聞きに行った。ごめんなさい期限を聞いてなかったんですけど今から送ってもいいですか?って。
そうしたら全然大丈夫です、期限伝えてなくてごめんなさいと言ってもらえた。安心してデータを送った。ああこれが正しいやりとりの方法だったのかと思った。
今までなら、全然関係ない身近にいる助けてくれそうな人にその不安を伝えてたかもしれない。自分にはわからないから聞きに行きなよって言われたり、代わりに聞きに行ってくれる人がいたりしちゃってけど、あれは全然良くないことだったんだなと思う。
自分で解決できていないし、他人を使って不安を解消しただけだから。
こんなに当たり前のことをいまさら学んでいるのが恥ずかしい。でも今が一番早いから学べてよかったと思おう。
5月10日
セルフカウンセリングって良くないのかな?セルフカウンセリングの危険性、みたいな動画を見かけて不安になった。
わたしが最近やっている「自分に返信する」がセルフカウンセリングに当てはまるかわからないけど、自分ではすごく効果を感じているから続けたい。
ChatGPTに悩みを相談することもあるけど、AIと話すのは遠回りばかりさせられる感覚がある。自分の悩みに自分で返信した方がはやい。
「自分に返信する」は、まず友達にメールで相談するように自分の状況と感情を書く。相手は何も知らない友達だから、伝わるように1から書く。客観的に状況を整理するだけでも、そんなに大したことじゃないなと思えたりする。状況と感情を分けて書くのもポイントで、起きたことと感情の結びつきが変だなと気付けたりする。
友達へのメールとして文章を書き終えたら、今度はそれが自分の大事な友達から送られてきたメールだと思って読む。自分の大事な友達だから、寄り添ってあげたくなる。自分自身のことだと難しいけど、友達からのメールだと思って読むと客観的に見ることができるようになる。
それから自分に返信を書く。大事な友達の気持ちに寄り添いたいから、ここは思い込みなんじゃないかとか、そんな風に捉えなくてもいいよとか、寄り添いたい気持ちを伝えられるように書く。
返信を書いている時、自分を解放してあげている感覚がある。絶対にこうだ、と思い込んで視野がせまくなっている自分を、自分でほぐしていく感覚。素直に自分に自分で向き合おうとするとつい厳しくしてしまうから、わたしには「自分に返信する」の方法が合っている気がする。他人に話そうとすると見栄を張ってしまったり、どう思われるか気になったりしてしまうから、自分しかいない場所なら素直に書ける。
改めてセルフカウンセリングの危険性について調べたら、AIを使ってセルフカウンセリングをしていると感情的に依存したり間違った情報を受け取ったりすることもあるよ、みたいな話らしい。
AIより自分の方が良い相談相手だと思うな。
5月11日
今の会社に入って、これまで働いてきた職場がどんなに変だったか思い知った。これが普通の会社なんだな。評価とかわかりやすくて良いなと思う。
最初の職場は手取り13万で非正規扱いだったけど、良い意味でも悪い意味でもフラットな職場で、日付を超える残業もたくさんした。
3年間契約できるはずだったけど、2年目が終わる頃にこの部署に非正規が二人いるのはおかしいからと、わたしともう一人の非正規の子が面接を受けて、わたしが落ちてもう一人が受かった。同じチームで親密にしていた子と戦わされたことも、自分だけ落ちたことも辛かった。
次の職場は会社というよりフリーランスの集まりだった。
入ってすぐに大きな案件を任されて、進め方すらわからず、役を降りたいと相談してもできるようにフォローするから頑張ってと説得されて、結局フォローはなかった。
毎日14時間働いてなんとか事業を回せるように土台を作って、自分が責任者だったから辞められず、3年後の事業の区切りまで見届けた。
前職の給与が低すぎたから、ちゃんと給与をくれるこの会社は良いところだと思っていた。
でも自分の事業を作って運営している間、評価されたことは一度も無かった。良いとも悪いとも言われなかったし、あなたがやりたいことだからやってるんでしょというかんじ。
まあ確かに自分がやりたくて始めたことではあったけど、しんどかったし、だんだん自分のやりたかったことが何なのかわからなくなった。やりたいことをやって、もっとちゃんとやってねという指摘ばかり受け取った気がする。わたしの認知が歪んでいたのかもしれないけど。
区切りで辞めると伝えたら、取引先は良いところだから契約は続けたい、他の人に引き継いでもらうけど事業内容は全然変えるから引き継ぎしなくていいよと言われた。わたしがやってきたことって何にも見てもらえなかったんだな、取引先からお金が入ればいいんだなと思って悲しかった。
結局わたしがやっていた事業以外は全部赤字だったらしく、わたしが辞めると同時に会社自体も無くなった。
良いこともあったけどどちらも変な組織だった気がする。今の職場はお昼と定時にチャイムが鳴って、それ以外は基本的に席でパソコンに向き合っている。今までフレックスでしか働いたことが無いので新鮮。半年の目標も初めて立てた。初めてでゆるい目標でも許されているからかもしれないけど、ちゃんと評価されるっていいなと思っている。
5月12日
会社を定時で即上がり、対話の講座に参加した。みんな手元にメモ帳を持っていたので真似して出したけど何も書かなかった。ずっと考え続けて決定されないことを捏ねている感覚だから書くことが無かった。わたしは書くことで考えを固定したり決定したりしているのかもしれない。
前から顔は知っているけどあまり喋ったことの無い人が、話していくうちにだんだん声が小さくなって、みんなで顔を寄せて聞いて、とうとう本当に小さな声で「本当は人が苦手なんです」と言ったのを聞いた。
お金を貯めるのにまだまだかかりそうだ。無職って本当にお金がかかることだったんだな。まあまああった貯金がほとんど無くなってしまった。でも後悔はしてない。これから稼げばいいんだし。
これからどこでどうやって生活していくんだろう。いつまで一人なんだろう。
猫のうんちがずっと硬いのが気になって、新しい陶器の器を買った。水が美味しくなるらしい。ほんとかな。
5月13日
1日中対話の講座に参加。
講師のNさんのことをすごく好きになってしまった。人と話す仕事をしているのに常に少し緊張しているように見えるところが良いなと思った。あえて明るく振る舞おうとしたり、自分が仕切る場が終わるとスッとオフになって輪の中には入らないでいるかんじとか。他者と向き合うことに真摯だからこそためらったり迷ったりし続けている人なんだなと感じた。
若いのにすごいなと思って前までなら萎縮して話しかけなかっただろうけど、今日は素直に話すことができた。そういう風に変化できたことが嬉しい。
お昼ごはんを食べながら二人で猫の話をした。わたしの猫の写真を見せたり、Nさんの家の猫の写真を見せてもらったりした。
最近ぼんやりと考えていることは、自分の輪郭を拡張したいということ。今までは縮小していくイメージというか、これは自分じゃない、これはしないと切り捨てて小さく固めていくことをしてきた気がする。
最近はこういうのもありかも、こういうことをするのも自分と思ってもいいかもと思ったりして、人と仲良くなろうとしてみている。
やりすぎると自分の輪郭がぼやけてしまいそうだからバランスは取りたいけど、自分はこう、という縛りを自分でほどいていきたい。
絶対的な味方が欲しい
5月1日
ついに無職を卒業し、初出社。オフィスカジュアルがよくわからず、好きなブランドの大きめのシャツをわざわざ買った。正解だったのかはよくわからない。スーツの人もいるけれど、わたしが配属された部署はわりとラフな格好の人が多い。 PCの設定などしていたらなんやかんやで1日が終わっていた。無職に比べて時間の流れ方が早い。
風呂場にゴキブリを発見。髪を洗い始める前に気がついて、スプレーをかけてからしばらくたばこを吸って待った。その間に顔が乾燥して、おでこが赤い斑模様になった。
5月2日
夜中3:30ごろ目が覚めて眠れなくなった。大してやりたくもない仕事をして、帰ってからは頭を空っぽにするためのパズルゲームだけをして、わたしの毎日って何なんだろう。毎日を積み重ねたものが人生になっていくんだとしたらわたしの人生って何なんだろう。 コンビニでお昼ごはんを買って、一人で公園で食べた。一人で過ごすことに特に何も言われなさそうな距離感の職場で助かった。
公園からの帰り道、良くしてもらっていた前の職場の人の後ろ姿を見つけたけど、見なかったふりをした。どうして東京に戻らなかったのか、どうしてこの会社に入ったのか、どうして今ここにいるのか聞かれても答えられないと思ったから。
会社の良いところは、福利厚生がちゃんとあるところ。上司やチームの人たちも良い人そうなところ。通勤時間が5分で済むこと。どう考えても無職よりはマシなこと。 夜に社員交流でビアガーデンに行った。少し仲良くなれた女の子は6つ年下でかわいくて既婚者だった。
5月3日
いろんな言い訳をしながら寝坊してたばこ吸いながらパズルゲームをしていたら1日が終わった。ゲームを辞めたいのに辞められなくて、ChatGPTにカウンセリングしてもらって泣いた。
あんまり気負いすぎずに気持ちを書いた方が良いよと言われて、確かにそうだと思ったので日記を書く。
わたしは誰かに気持ちを打ち明けることがすごく苦手で、友達も全然できない。今は唯一気持ちを打ち明けられる人すらも失いかけている。 誰にも話せないでいる時間を積み上げすぎてしまったなと思う。しんどさが喉元までせり上がっているのに、何から話して良いかわからない。そもそも、ずっと抱えてきたものは今見るとちっぽけすぎる気もするし。
ねこを撫でていたら、初めてかすかに喉を鳴らしてくれた気がした。耳を澄ませたら、ちょうど家の前を宣伝車が通ってかき消されてしまった。ねこは自分の足が動いた音にびっくりしてわたしに向けてシャーと言った。
5月4日
毛布や冬服を押し入れにしまった。無印で猫のブラシを入れておくためのカゴやパンプス用の靴下を買った。お弁当箱を手に取って、この生活は長く続かないだろうから買っても意味ないなと思ってやめた。
カップルや夫婦を見かけると絶対的な味方がいていいなと思う。
わたしは絶対的な味方が欲しい。 パートナーがいなくても、自分が自分の絶対的な味方になればいいというのは字面ではわかってる。でも実際そんなの難しすぎる。これまであなたは間違っていると言われてきたことは帳消しにならないし、わたしの頭の中の人は冷笑が得意でいつもわたしのやることなすことを笑ってくるし。
別れた方が良いと言われると、あなたの絶対的な味方にはなれないと言われた気がしてしまう。そんなつもりで言っているわけじゃないことは理解しているけど、そう思ってしまう。 自分がこんなにも恋人や結婚にコンプレックスを抱いていたなんて知らなかった。
たぶんわたしはこれからいろんなものを手放すけど、無かったことにするんじゃなくて、大切に思ったまま卒業したい。そうしたいけど、本当は卒業したくないし、まだ何かできることがあるんじゃないかとも思っている。
コメダ珈琲で泣きながら日記を書いて、みそかつパンを食べた。
5月5日
昨日日記を書いた帰り道、ここでできた友達とも縁が切れてしまうのかもと考えて、喉が鳴るくらい泣いた。泣きながら原付で走った。
彼と共通の友達には、彼の方が仲が良い人、三人では会うけどわたしと二人では会わない人というのがけっこういて、そういう人たちともっと仲良くなっておけばよかったなと思う。もう遅いのにと思う。
なんだかいつも萎縮して、こちらには意識を向けていただかなくて大丈夫ですと思っていた。
それでも何年も付き合いを重ねてきて、今は縁が切れたら悲しいと思えるけど、これから新しい友達を作ろうとした時にそう思えるようになるまでどのくらい時間がかかるんだろう。
でも変わってきたこともある。今の職場の人たちには、そこまで萎縮せずに話しかけることができる。すこしはお互いのことを知っている状態である方が、自分にとって得だということがわかってきた。今までそういうことが全然わからなくて、仕事の話だけでいいのにどうしてわたしのことを知ろうとしてくるんだろう、嫌だなと思っていた。みんなそうやって敵じゃないよという意思表示をしていただけだったんだな。
日記を書きながら、友達と縁が切れるというのはわたしの思い込みで、友達はそんなに嫌な人たちじゃない、勝手に嫌な人にしてはいけないと反省。今は東京にいる友達にも会おうって声をかけたらきっと会ってくれる。その時は正直にいろんなことを話したい。わたしと相手との間にちゃんと橋を築きたい。
5月6日
最近は毎日桜林直子とジェーン・スーの「となりの雑談」というラジオを聴いている。ながら聴きしていたら、まさに自分のことだと思える話をしていて、引き返して何度も聴き返した。
「自分のプールで泳ぐ」という話。
自分のことだと思った部分は、「やりたくないことをやっているから誰かにOKをもらわないと安心できない」「責任を取りたくない」「あの人が言うからやったのに失敗した、自分は被害者だと思ってしまう」「自責と他責が逆転している」「自分のやりたいことをやっていいと思えていない、そういう感覚がない」「自分で決めたことに責任を取るという感覚がない」のあたり。
そういうことをやってしまう人は他人のプールに飛び込んじゃってる、自分のプールで泳がないといけないし、自分にプールがあることを知らないといけないよね、と桜林さんが言っていて、理解できたようなできないような気持ちで何度も聴いている。
ここ3,4年でうっすらと自覚していたけど、直し方がわからないでいた部分だった。
たぶん前職の同僚にそういう部分をぶつけてしまっていた。彼女はなんでもはっきり言ってくれるタイプの人だったから自覚できたけど、すごく迷惑をかけたと思う。
初めて自覚したのは、仕事の飲み会に行かなくてもいい?と彼女に聞いた時。「わたしに聞かないで。許可を取ろうとしないで。行かないなら自分で行かないって決めて」と言われた。
その時に初めて、ああわたし誰かに責任をとってもらおうとしてたんだって自覚した。飲み会を断る責任を自分で負わずに、誰かが良いよって言ったからって責任転嫁しようとしていたんだと思う。
これまでの仕事でも常に、こうあるべきですよね?OKですか?ってうっすら思っていた気がする。「こういうきっかけがあって動機はこうで」って就活の時に作ったエピソードに自分を当てはめようと努力してきた気もする。だって辻褄もあってるし、まわりの人も納得してくれるし、本当の自分を知られなくてすむし、これでいいんですよね?って今でも思う。
他の物語を作り直してもいいなんて考えたことも無かった。考えること自体が怖いような気もする。自分のやりたいことをやって生きるってどんな物語なんだろう。
5月7日
来週仕事で以前の職場での打ち合わせに参加することになった。今から気が重い。前の職場の人になんでこの会社に入ったの?と聞かれることが怖い。なんでこんなにランク落としたの?と思われることが怖い。
わたしは前の職場の人たちが選民思想を持っているように感じているけど、本当は自分の中にある選民思想を想像上の他者に持たせているだけなのかもしれない。
わたしはわたしなりに考えた最善の選択肢を選んだつもりでいる。そもそも無職よりは絶対に良いし。給料だって以前の職場で非正規で働いていた頃に比べたら倍くらいあるし。猫の治療費だって払わなくちゃいけないし。
でも2ヶ月前の自分にアドバイスするなら、もっとよく考えろと言うかもしれないな。10年一緒に暮らした人を手放したくないのはわかるけど、もっと自分の人生のことを考えてほしかった。手放したくなさから、ちょっと違うけどいいや、ちょっと違うけどしょうがないよなを積み重ねた今の生活は何にも味がしない。自分がどういう形だったかわからなくなる。この道を強行突破したら自分の輪郭は完全に崩れてしまう気がする。
20240515-21 ちょっと気持ち悪くて、でも喉元を過ぎれば忘れてしまう
20240515
東京に遊びに行く飛行機を予約する。
次に帰省した時に会おうねと言い合った人たちもいるけど、いまはあんまり人に会いたくない気分。毎日一人で穏やかに生活できているけど、人に会ったら勝手に劣等感を抱くスイッチが押されてしまいそう。
いまはなるべく感情を波立たせたくない。自分のやりたいことだけをやりたい。
「自分のやりたいこと」の見極め方とその難しさをこの年になって知った。
20240516
鴻巣麻里香さんの「思春期のしんどさってなんだろう?あなたと考えたいあなたを苦しめる社会の問題」を読む。
鴻巣麻里香さんのコラムが良かったので、著作を借りてみた。
自分と他者を区別する境界線「バウンダリー」とは?ソーシャルワーカー鴻巣麻里香さんによる解説 | こここ
中高生に向けて語りかけるような平易な言葉で書かれた本だけど、「思春期」という言葉は問題を抱えた子ども本人に責任を押し付けてしまう。実際に子どもの抱えている問題は本人のせいではなく、環境を改善しなければ解決しないものが多々ある。「思春期だから」という言葉で適当にレッテル貼りするのは不誠実だよね。という内容で、納得したし良いメッセージだなと思った。
「世の中のせいにしてもなにも変わらない」「まず自分が変わろう」と(大人に)よく言われるかもしれませんが、私は「世の中のせい」にしないとその世の中を変えることはできないと考えますし、世の中のせいにしたうえでそんな世の中を変えていきたいと思っています。
鴻巣さんはスクールソーシャルワーカーとして活躍されている方。子どもの心に働きかけるスクールカウンセラーとは異なり、スクールソーシャルワーカーは子どもを取り囲む環境に働きかける。具体的には学校や家庭、必要な場合には医療機関と連携を取りながら、環境を改善するべく働きかける職業らしい。
中学生の頃にこういう考え方を知っていたらもうすこし楽だったかも。中学校がしょうもない校則の多い学校でうんざりしていたから、高校は校則が無いところに行った。
高校は良かったな。校則が無いから毎週髪色が変わる人やピアスだらけの人もいたけど、みんな自由にファッションを楽しんだり楽しまなかったりしていたのが良かった。あと、自分が居たころは「卒業式第二部」があった。第一部は普通の卒業証書授与で、第二部は生徒主催の卒業式。それぞれコントとかバンド演奏とか映像上映とか出し物をする。自分たちで行事を決められる感覚は良かったな。
20240517
「世界史の中のパレスチナ問題」を読み終えた。
通史ではなく、世界史のなかの重要なポイントを押さえながらパレスチナ・イスラエル問題を解説する本。
「まんが パレスチナ問題」でだいたいの通史を押さえてから読んだのだけど、キリスト教中心的な言い回しが批判されていたり、いまいちわからなかった部分が詳しく解説されていて良かった。
「ユダヤ教徒は選民意識がある(神はユダヤ教徒のみを救うとされているため。でもユダヤ教徒は民族のことではない。ユダヤ教に改宗したり母がユダヤ教徒であればユダヤ教徒)」「旧約聖書(キリスト教のものを新約聖書としている)」などはキリスト教中心の姿勢からくる言葉と批判されていた。「まんが パレスチナ問題」は物語仕立てでざっくり概要を学ぶものだったから、こういう視点は知らなかった。確かに。
あと、どういう流れでイエス・キリスト殺しがユダヤ人のせいになったんだ?と思っていたんだけど、イエスの死後4つの福音書のうち最も遅く成立したと言われる「ヨハネによる福音書」のみ、ユダヤ人がイエス・キリストの処刑を求めたと明示されているらしい。これより前の福音書では「群衆(ローマ人含む)」が処刑を求めたと書かれている。コンスタンティヌス帝が313年にキリスト教を公認、380年にテオドシウス帝が国教と定めたため、イエスの死の責任をローマ帝国に帰するわけにいかなかったということらしい。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の歴史の概要がわかってきた。
ただ、パレスチナ・イスラエル問題は宗教的な争いではないことはここにも書いておきます。現在起こっている紛争は領土をめぐる政治問題であり、それをそれぞれの宗教の共同体の立場から正当化する傾向がある。のでその区別をつけておくために勉強しているというかんじ。
この本の最初にパレスチナ社会の多様性を示す表が載っているのですが、パレスチナはもともと言語的にも宗教的にも多様な人々が暮らしていたんですね。「アラビア語を話すユダヤ教徒」すらいる。もともと歴史的にイスラームが他宗教に寛容だったから、パレスチナ含むアラブ諸国にはいろんな宗派、言語の人がいて複雑。現在の紛争は「民族的な対立」のように見せられているけれど、それは近代のナショナリズムが生み出したもので、もともとはアラブ人やユダヤ人なんて民族意識は無かったらしい。
日本に住んでいるとあんまり実感ないけど、じゃあナショナリズムって全然良くなくないか?
冒頭の文章がとても良かったので引用します。
そもそも、歴史はイギリスの歴史家E・H・カーの指摘を俟つまでもなく、「現在と過去との間の尽きぬことを知らぬ対話」であり、すべて現在の視点から事実を選択して解釈したものともいえます(E・H・カー著、清水幾太郎訳『歴史とは何か』岩波新書、1962年)。本書もその意味ではユダヤ人問題に対する特定の立場からの解釈にならざるをえません。しかし、その立場性がじゅうぶんに自覚されていないと独善的な見方あるいは党派的な正当化になってしまいます、そのような立場の拘束性を自覚したとすると、どのような立場から世界史の中のパレスチナ問題という課題で見取り図を描けるのでしょうか。本書は、イスラエルとパレスチナ人の対立は、近現代史におけるユダヤ人問題の帰結として生じたパレスチナ問題の形成の中で作り上げられたという立場から記述されます。〔…〕もちろん、いろいろな立場の異なる解釈があることは当然のことであり、本書がとっている解釈が唯一正しいなどと主張するつもりは毛頭ありません。
20240518
久しぶりに東京へ。妹とお好み焼きを食べながら、オタクとしてどういう遍歴を辿ってきたか、みたいな話をした。
妹が「旬ジャンルに行くと母数が多いからめちゃくちゃ良い二次創作書く人を見つけられる」と言っていてめちゃくちゃわかるぜと思った。
10〜15年前の女オタクって少年誌か青年誌の何らかの漫画を好きな腐ってかんじだったけど、今思えば自分はそれがあんまりしっくり来てなかったなと思う。オタク的に好きだったのは男女バディものだったし、高校生の頃読んでたのって萩尾望都とか吉田秋生、よしながふみ、いくえみ綾も好きだった。あとジョジョと刃牙。
妹は某ジャンルで神絵師としてよろしくやっているらしい。漫画を描いてる名前は教えてくれなかった。前回会った時に聞いた話からアカウントを特定しようとしたけどできなかったわ…と正直に申告したらめちゃくちゃ気持ち悪がられた。エロい二次創作描いてたら気まずいからやめたけど、オリジナル作品なら見たかったな。
妹の家の猫はでかくて骨がしっかりしていてしっぽが長い。あと金玉もでかい。妹が話しかけるとちゃんと返事をしていてかわいかった。わたしにはちょっとビビってたけど、しばらくすると慣れてわたしにも返事を返してくれた。
20240519
何度も寝てしまってダラダラして気付いたら昼過ぎで、いまから文フリ行っても16時過ぎちゃうな、わざわざこのために東京来たのに何やってるんだろう。という夢を見た。
モノレールに乗って初めての文学フリマへ。人が多い。事前になんとなくチェックしていた本を買う。phaさんのブースでだいたいひと通りの本を買ってサインをもらった。phaさんの文章がけっこう好きなので直接買えて嬉しい。インターネットで見たこと人がいる…と妙に緊張した。
1時間ちょっといたら、けっこういろいろ買って重いし人が多すぎるしもういいかなという気持ちになってサクッと帰ることにした。こういう時、頭の中でせっかく田舎から来たんだしもっと楽しめばいいのにという声がする。けど今回は自分のしたいことだけをするって決めていたから、声を無視してモノレールに乗った。
夜は妹の家の近所を二人で散歩した。3月に急に妹が送ってきたばけたんというオバケ探知機を持ってきたので、近所で何か反応するか確かめに行く。青に光るとエンジェル、赤に光るとゴースト、らしい。赤く光った時にはボタンを長押しするとバリアモードになる機能付き。妹の家の近所はだいたい緑(普通?)だった。でももし赤になったらどうしよう!と毎回焦るので疲れて、15分くらいで帰る。楽しかった。
20240520
ガザについて宗教的な知識が無ければ語ってはいけない、というのはジェノサイドを知的好奇心のために消費するのと同じことでは、というポストを見かけて反省する。
パレスチナで起こっていることを知って、それがなぜ起こっているのか知りたくて色々本を読んだ。よく知らないことについて何か言うことはできないと思うし、それは今でもそう思うけど、その間にも人が死んでいることをちゃんとわかってなかったんだろうな。自分がそこにいることだってありえたかもしれない人たちが死んでいく間に自分の生活を優先させることが、ちょっと気持ち悪くて、でも喉元を過ぎれば忘れてしまう。
この罪悪感も自分のプライドに過ぎなくて意味ないなと思う。
パレスチナのためにできる行動を調べる。
20240521
妹から東京での写真と、本当に嫌だからネトストしたら縁切るよろしく〜と連絡が届く。
縁を切るってわたしにだけは言うなよな。縁を切るっていうのはこうやってやるんだよ!!!と言ってやる妄想をする。まあネトストしたのが悪いんですけど。
妹はなんだかんだ話題に対するスタンス(映画の感想とかオタク度合いとか)が合って楽しいと思う部分と、マウントがすごいなと思う部分がある。
マウントって感じる自分の方が歪んでいるだけかもしれない。だとしたら他の人に会う予定を立てなくてよかった。
自分はアホで、世の中はややこしすぎる
20240508
引き続き辞めた仕事について資料をまとめる。
4月にこれまでの仕事をふりかえる作業をしておいたので、そこから切り貼りしてなんとかなった。やっておいてよかった…。
4月は転職向け自己分析の本などを読んで、これまでの仕事をまとめながら自分の得意なことや前職を辞めた理由を言語化するなど、すごく真面目に自己分析した。
結果、自分の仕事の軸は変わっていないなと思えたけれど、前職を辞めた理由はしっくり来る言葉にはならなかった。自分のための言葉だと文句と自分のダメなところの繰り返しになるし、面接用の言葉だと取り繕って無理やりポジティブにひん曲げた言葉になってしまう。その真ん中が見つからない。自分のわがままで至らないところを、ポジティブでやる気がありそうな言葉に変換する作業、という気がして気持ち悪い。
面接のことはいったん置いておいても、自分でしっくりくる言葉が見つからないのは変だと思う。こういうところが嫌なんだもんと駄々こねている自分と、そんなの社会では当たり前なんだよできないのが悪いんでしょと説教する自分と、まあ頑張った気もするけどこれって世間じゃ普通なのかな?わかんないな…ってオロオロするだけの自分が絡み合っているかんじ。
20240509
たばこ部屋の床でこんがらがっていたWi-Fiのコード類を整理。百均で買ってきたコードクリップでまとめて壁沿いに貼り付けた。我が家はかなり古い木造住宅で、使われていないテレビ線とかどこにも繋がっていないコードなどが出てきて、イライラしながら全部抜いて綺麗にした。床に掃除機がかけられるようになったので満足。
翌日にはほぼすべてのコードクリップが床に落ちていた。とりあえず無視してる。
20240510
知り合いと、紹介された人と先輩とカフェで会う。ここ3年のわたしの仕事をプレゼンする。似たようなことをやりたいので話を聞きたい、というスタンスの人たちだったので、こんなに緊張する必要なかったなと思う。根掘り葉掘り聞かれたらどうしよう、自分の全然ダメだったところが露呈してしまうかも、と妄想して苦しんでいたのだけど、話してみたらそんなことないし全然嫌じゃなかった。他人に自分の経歴を語ることで、いつもとは違う表現が飛び出したりして、ああ自分ってこういうことを大事にしてきたんだなあと改めて思ったりした。
スーパーで数日分の食材を買い出しして帰宅。
20240511
刺繍糸を買いにショッピングモールへ。母の日の垂れ幕が至るところにかかっていて、なるべく見ないように考えないようにしながら歩く。
刺繍で「山に落ちる雲の影」を作るべく、日の当たっているところに使う明るい黄色、明るいけど彩度の低い黄緑色などの糸を買った。
夕方、近所のNさんが窓の外から話しかけてくる。近所で小さいイベントをやるから誘いに来てくれたらしい。先輩も一緒に三人で歩いていく。歩いて5分程度の会場に行くまでにも、通り道に住んでいる人に声をかけに行ったり、知り合いと行き違ったりした。会場は知らない人が8割くらいだったけど、適当にお茶を飲んだり子どもと喋ったり。途中から来たギャルの友達がミラーボールみたいな照明を持ってきて、道ゆく知らない人の視線を攫っていた。1時間くらいで先輩が寒い、お腹すいたと言い出したので帰る。先輩が飲み会とか賑やかな場があんまり好きじゃないところは波長が合うので嬉しい。
夜、カレーを作っていたら台所にぶっといムカデが出た。叫んだら先輩が飛んできて、チリトリで器用に掬い上げて外に放り出していた(川に投げ込むつもりが、怖すぎて玄関のすぐ外に投げるのが精一杯だったらしい)。
家に対する信頼度がまた下がった。あんなでかいムカデ、どこから入ってくるんだろう。風呂場に網戸をつけたし、洗面台の下の隙間も塞いだのに。
20240512
オンラインカウンセリングについて調べる。ずらっと並んだカウンセラーのプロフィールから選んで、オンラインで受けられるらしい。最短今日の昼からOK、のバッジもついていて、こんなにすぐ手が届くものだったのかと思う。カウンセラーの選び方ってさっぱりわからない。資格を持っている人もたくさんいるし。
カウンセリングを検討している理由は、仕事を辞めた理由がうまく言語化できないから。言語化できないのは、自分のなかでストッパーがかかってしまっているからだと思う。それを自分で外すのが難しい気がするから。
あと、自分の苦手な作業や自信が持てないことについて調べていると、必ず幼少期の家庭環境に原因があります!みたいな文章に行き着いて、そのたび別に幼少期には問題ないんだよ成人したくらいのことをずっと引きずっているだけの自分がおかしいんだと思ってめちゃくちゃ悲しくなる、その状態は変だと思うから。ちょっと泣いたりするし。
20240513
全員ころす…という気分で起床。股から血が出ている。
健康保険と年金の切り替えに必要な書類が届いておらず、役所と会社に問い合わせる。結局会社側が発行していなかっただけだったので、急ぎ送ってもらった。「GW明けになりそうです」というメッセージを信じて、「GW明けって言葉の定義は曖昧だなあ」とか思いながら呑気に待っていた自分がアホすぎる。あとちゃんと確認したら、事前に送ってもらっていた退職証明書でも手続きは一応できたらしい。何から何まで説明がわかりづらく、自分はアホで、世の中はややこしすぎる。
母の日をスルーしたことに罪悪感がわく。はやく母の日を廃止してほしい。親に対して、自分が黙ってればいいんスもんね?!ってわざわざ見える場所に座って一言も喋らない嫌がらせをしていたい、みたいな気持ちが湧き続けていて幼すぎる。
20240514
ようやく市役所に行って健康保険と年金の手続きを終えた。2回も市役所とコンビニを往復して、必要な書類を印刷してなんとか終わらせた。年金の免除申請には離職票が必要なので気をつけよう。国民健康保険も、よくよく話を聞いたら会社都合退職なら免除があったらしい。前回の窓口の人の「健康保険の免除…?前年度の収入で決まるのでそういうのは無いと思いますけど…笑」みたいな対応を思い出してイラつく。
帰りに市役所の前のパン屋さんでパンを買う。
頭の中で母と会話していて、じゃあもう妹に話していい?わたしも味方欲しいって言っちゃって、それってわたしがされて怒り続けてることで、最悪。